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マスコミの状況

大麻問題に関して、最もタチが悪いのは、麻薬取締捜査官事務所(通称麻取り)でもなければ、警察でもない。マスコミである。

厚生省の管轄下にある麻取り は、厚生省の指示に従っているだけであり、警察は法律に違反する者を取り締まるのが仕事である。彼らは法律に従って行動すればいいのであって、独自に善悪の判断を下すのはかえっておかしい。

マスコミはそういうわけにはいかない。彼らには世の中の矛盾を指摘し、警鐘を鳴らす義務がある。立法府(国会)が法律を作り、行政が行使し、裁判所がそれに違反する者を裁くというのが、三権分立の基本である。マスコミは、その法律が社会にふさわしいかどうか、古くなっていないか、矛盾はないかを、現実を踏まえて検証する役割を担っている。マスコミが三権に対する第四権力と呼ばれる所以である。

ところが彼らの大麻など薬物問題に関する意識は、先入観と偏見に満ちたお粗末きわまりないものである。次の文章は「週刊金曜日」1995年1月20日号に掲載された私の文章である。1994年11月29日、「読売新聞」に掲載された記事に対して抗議したものである。



 無知な記者による興味本位な「麻薬記事」

「幻覚サボテン 液に麻薬成分 販売合法 府警を幻惑」という記事が、昨年11月29日付け読売新聞の社会面トップに掲載された。

販売していたのは私が 大阪ミナミで経営する「大麻堂」で、内容は「LSD代わりに流行」とする記者の思いこみと、取締当局の見解でできあがっている。掲載の前夜、記者から電話があったが、取材が粗すぎると感じた私が、「もっとキチンと取材してください。こちらから会いにいってもいい」というと、記者は数日後を指定した。にもかかわらず、翌日には早々と掲載してしまった。取材したというアリバイ作りのための電話だったわけである。この記事も、もし若者の間に幻覚サボテン飲食の流行がまずあって、厚生省なり府警が困惑しているというのなら理解できる。記者は関係当局から事実関係の資料を入手しているはずだから、私にも見せてもらいたいものである。

しかし実際はこのような流行の事実などない。1987年、「東京新聞」の同様の記事がもととなって、厚生省が全国の麻薬Gメン170人を動員し調査したことがある。しかし取り締まるほどの乱用や犯罪はなかったし、この記事が出るまでは現在も同様であった。

しかしこの記事は一人歩きし、テレビニュースやワイドショーでも取り上げられた。フジテレビは取材の途中で「読売の記事にはかなり誇張がある。このまま扱うのは危険だと感じた」というが、結局、興味本位の番組を制作し、放送してしまった。ディレクターによれば、「そんなものを食べる奴は馬鹿だ」という構成になっているそうだが、アルコールがよくて、なぜサボテンなら馬鹿なのだろう。興味本位ではないのなら、メキシコまで行って、宗教儀式や精神的背景にまで触れ、乱用ではない正しい食し方を伝えるべきである。それが他民族の文化に対する礼儀というものである。そうする力量がないのなら、昨日撮影したものを今日放送するようなインスタント番組では扱わないことである。

この記事とテレビ報道の後、このサボテンを置く店が増え、一時ブームの兆しを見せた。ある園芸店では、それまで置いていなかったにもかかわらず、「幻覚成分を含んでいます」という張り紙をして、店頭に100鉢も並べるようになった。結果的に、若者の好奇心を煽り、乱用の流行を作り出したわけである。その責任は重い。

「取締の論理」にのる記者たち

この記事に限らず、「大麻」「覚醒剤」に関しては、無責任で低レベルの記事が まかり通っている。それは記者が「取締の論理」に無批判にのっかっていることからきている。威嚇的キャンペーンで規制し、逮捕者を厳罰に処し見せしめにする、取締に不都合な情報はねじ曲げるか隠してしまうというのが「取締の論理」である。

「大麻摘発、前年の3.4倍」(毎日新聞)この数字は交通違反検挙者数の増加と同様、当局が予算を獲得するための数あわせぐらいの意味しかない。

「大麻に暴力団の陰 密売代金がヤクザに流れつつある」(毎日新聞1994年3月21日)よほど大麻に汚れたイメージを与えたいようだが、これも取締側の情報である。

警察詰め記者は、日頃、記事をいただいている関係上、警察当局に気に入られるような記事をつい書いてしまうものらしい。

「中毒になると幻覚、妄想に襲われ、狂乱状態となって暴力をふるうようになる(読売新聞)そうだが、これはアルコールの間違いではないだろうか。「大麻から覚醒剤にエスカレートするケースも少なくない」(同)。これはある薬物を経験した者はより強い薬物を求めるようになるという踏み石理論(ステップストーン)と呼ばれるものだが、これは「大麻の有害性、暴力性」理論とともに、1970年代に国連(WHO)によって、否定されている。その後、これを覆す調査はなされていないが、そのようなことを踏まえたうえで、記者は記事を書いているのだろうか。

「大麻=麻薬」、その大麻に人々を近づけさせないためには、できるだけ読者を恐ろしがらせるような書き方をした方がいい、それが社会のためなんだ、マスコミの正しいあり方なのだ、そのためには歪曲や誇張があってもいい、そんな正義感に満ちあふれた記者の声がこれらの記事から聞こえてくる。しかしそれはマスコミの自殺行為にほかならない。

 薬物問題を取締とは違う観点から

しかし記者がこれほど取締に協力しても、逮捕者はまったく減らないし、薬物乱 用は今後さらに大きな問題となっていくだろう。今こそ新聞記者は、取締が商売の警察や当局とは違った観点から、薬物問題を考えてみる必要がある。

例えば覚醒剤。はやく治療を受けさせれば被害妄想による凶悪犯罪も減少するはず。しかし病院に連れていっても当局に通報され、逮捕される心配はないのか、即答できる記者はいるだろうか。治療を必要とする薬物依存症者が、治療から最も遠い社会の暗部に追いやられているのが現状だが、それは彼らが病人であるよりも「人間をやめた犯罪人」であると見られているからである。法の見直しと、キャンペーンのあり方を検討すべきではなかろうか。

「狂乱状態となって暴力をふるうようになる」という大麻に関しては、それが事実かどうかの再調査が必要である。1948年、米軍占領下で作られた大麻取締法は、規制の根拠が非常にあいまいである。その後、当局による調査は一度も行われないまま、法的規制だけは年々強化されている。記者は政府に「研究機関を設置し、大麻にアルコール以上の害があるのか、科学的、医学的、社会学的調査を行い、結果を公表」するよう提案すべきである。

タバコ人口が減少しつつあるのは取締のおかげだと考える記者は一人もいないだろう。味の方もマイルド指向になっているが、アメリカのある学者によれば「薬物は非合法化されると少量で強力なものが求められ、闇位置での価格も高騰して犯罪組織を儲けさせる。合法化して健康への害を説得すると、より穏やかなものが求められるようになっていき、犯罪組織とも無縁となる」ということである。
参考にすべきであろう。

真剣に薬物問題を考えれば、提案すべきことはいくらでもあるはずなのに、取締の論理に安易にのっかった怠慢な記者たちは、芸能界のスキャンダルや風俗情報と同じレベルの記事を書きとばしているというのが現状である。前向きで勉強熱心な記者の登場を期待したい。」


実際、大麻によってどのような犯罪、事件が引き起こされたかは、新聞社のデータベースを調べればものの5分でわかること。「所持」や「栽培」で検挙されることはあっても、大麻を吸って喧嘩しただの、盗みを働いただの、暴力を振るっただのという二次的犯罪は皆無である。「所持」で検挙されるのは、それを禁止している「大麻取締法」という法律があるからであって、法律がなくなれば、違法でも何でもなくなる。つまり「大麻取締法」という法律が犯罪を産んでいるのである。このような法律は速やかに撤廃しないと、犠牲者が増えるばかりである。

最初にマスコミが最も悪質であると書いたが、ある記者は私にこう言った。

「悪法でも法です。違反者は取り締まるべきです。」

悪法だとわかってるのなら、それを撤廃するように世論を喚起するのが、君たちマスコミの社会的責務ではないのか。法律を守らせたいのなら、警官か裁判官にでもなるべきだろう。もっとも最近の新聞は、警察広報とどこが違うのかというのが多いと思うが。

「それから」





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